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母マーヤの病気がきっかけで介護服・介護グッズを作り始めました。 病気(脳梗塞)についての医学的なことは専門のHPがたくさんあるのでそちらにおまかせして、ここでは私が母マーヤの介護を通じて感じたこと・勉強したこと・なぜ介護服を作ろうと思ったのか等を書いてみたいと思います。それが少しでも同じ病気の方やご家族の方の参考になれば幸いです。また今健康な方にもこんな病気があってこんな介護をしているんだと心の隅にでも止めていただけたらいいな・・と思っております。 |
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母マーヤは2002年11月20日(当時62歳)脳梗塞という病気になりました。それまでは念願かなって開いた洋裁教室が軌道にのり毎日元気に張りきって生活していました。それが一変、片麻痺生活が始まったのです。 マーヤの場合、左脳の運動と思考回路の血管がかなり広範囲で詰まってしまいました。(左脳が詰まると右片麻痺になるそうです。)発病当初は全く喋れず、右半身も全く動きませんでした。初めてのことであの時は私も家族(親戚)も何がなんだかわからない状況でした。 最初に入院した病院はリハビリの設備がなかったので1ヶ月で転院しました。(そこの病院にあのままいたらオムツ生活になっていたことでしょう。病院選びは本人はもちろん家族にとっても大事な事だと思います。)転院先はリハビリに力を入れている大きな病院で先生も療法士の方も看護師さんもみんな頼りになりました。作業療法の時間にはミシンを持ち込み担当の療法士の方に洋服を縫ってあげたり・・なんていう今までの生活に関係するリハビリもさせていただきました。 おかげで2ヵ月半の間でマーヤは随分回復することができましたが、あまり長く入院できないそうでまだ頼りない状況で退院することになりました。さあ、これからが介護本番です。
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今まで病気や介護のことは全く無知でしたが、この状況下で勉強しない訳にはいかずいろいろ詳しくなりました。(今では生意気にも人に教えてあげたりしています。) マーヤが退院するにあたって・・ケアマネージャー(介護のプロフェッショナル)という方と契約して、家ではバリアフリー対策を行い(段差をなくす・手すりをつけるなど)、入浴の介助の仕方・食事のいろいろ(薬の関係で食べられないものがあるため)等を学びました。
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退院した当初は私がお風呂の介助、食事の支度など全部やっていました。しかし私も仕事があるのでマーヤにつきっきりというわけにはいかず毎日ドタバタしていました。そこへ福祉関係の仕事をしているいとこが見かねていろいろアドバイスをしてくれました(マーヤの場合介護認定を受けていて要介護1)。食事の支度はヘルパーさんに頼めること、ディサービスに行ってみたらどうかなど・・・ということでケアマネージャーさんに相談して夕飯の支度を週3回ヘルパーさんに頼むことになりました(リハビリを兼ねてマーヤも一緒に作ります)。そして週3回ディサービスに行くことにしました。ディサービスというとお年寄り(ごめんなさい!)が行く所と思っていましたが、マーヤが通っている所は温泉プールがあり歩行練習が出来たり、理学療法士によるリハビリが受けられたりでなかなか快適なようです。スタッフの方もとてもよくしてくださってマーヤも私も満足しています。那須はディサービスセンターがとってもたくさんあって利用者は自分にあった所を選べます(これはとてもありがたいことです)。
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発病から3年ちょっと(2006年3月現在)になりました。お陰様で少しずつではありますが、回復しています。 言葉は・・・病気の後遺症で(とっても気が早いというもともとの性格もあり)慌てて喋ると呂律が回らないことも多々あります。それから頭の中ではわかっていても言葉にならない事もよくあります(これは病気特有の後遺症だそうです)。ゆっくりよく考えて!というのが私の口癖になってしまいました。
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歩行は・・・ずいぶんしっかりしてきましたが、足首が動かないので装具をしています(杖もついています)。入院中は車椅子だったのでそれを考えればすごい回復です。退院当初は部屋にポータブルトイレを置いて夜中だけそこで用をたすようにしていましたが、今は夜寒くてもトイレまで行っています(このことはどうしても避けたい話題ですが1番大事なことですよね)。 右腕は・・・この病気は(私の分析ですが)固まってしまうタイプとダラリとなってしまうタイプがあるようで、マーヤは後者。退院してしばらくは腕の重みで自然に肩が脱臼していましたが、少し自力で上げることができるようになり(肘も動かせます)脱臼も解決(?)しました。が、手首と指は動きません。痛い感覚はあるそうですが、「動く」と「痛い」の神経は別物だと医療関係者にいわれました。 もう少し動くようになればいろいろ楽になるのにな〜と思います。私もたまに「右腕を全く動かさない動作」をやってみますが、本当に不便です。健康ってありがたいことだとしみじみ感じます。 |
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今のマーヤの目標(?)は洋裁教室を再開することです(私がなんとかやっていますが頼りないらしいです)。ディサービスに行かない日はミシンと格闘しています。今まで普通にやっていた事も片手では思うようにいかず、イライラすることもあるようです。それでも自分の服はもちろん孫・友人の服も縫っています。マーヤにはこれが1番のリハビリのようです。 不定期更新のさくら日記にマーヤの近況も書いていますのでお時間がありましたら覗いてみてくださいね。 |
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マーヤが入院した時看護師さんに「前開きの下着を用意してください。」といわれました。何がなんだかわからないまま白くていかにも病人といった下着をやっと探して買い求めました。なんかとっても気持ちが落ち込む下着でした。それから食事の時に使う「お食事エプロン」あれもビニールで色も柄もいまいち、それでも入院当初はそんなこともいっていられず嫌だな〜と思いながら使っていました。 もっとかわいい下着やお食事エプロン・介護グッズがあれば介護する側される側共にホッとできるのにな〜という思いがだんだん強くなってきました。「そうだ、自分で作れるんだ!ワン服だけじゃなくて介護に関係するものも作ってみよう!私と同じ気持ちの方もきっといるはず。」そんなこんなで試行錯誤の毎日が始まりました。 そしてマーヤがディサービスに通うようになってから・・・退院後もマーヤは自分の洋服は自分で着やすいように工夫しながら作っています。そんなマーヤの洋服を見たお仲間から「腕が上がらないので袖をゆったりさせて作ってください。」「背が低くて痩せているので既 |
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| 製服ではあうものがないから、作ってください。」などご注文をいただくようになりました。障害のある方、障害がなくても加齢により機能が低下している高齢者の方に快適でしかもおしゃれな服はなかなかありません。もしそんな服が手軽に買えるようになったら、気分も明るくなって外出も楽しみになると思います。介護する側される側共にやさしい気持ちになれるお手伝いを洋服を通じて出来たらいいな!そんな思いから少しづつゆっくりですがミシンを踏んでいます。 |
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